と――これにはおおいに事情《わけ》がなくてはならない。
狂笑剣
ど、ど、どうっ! と屋根を轟かし、この藤屋を揺すぶって、三国おろしが過ぎる。
二つ三つそこここに立てた行燈の灯が、すうっと薄らいで、また、ぱっと燃え立つ。
酒乱の中之郷東馬、山路主計らの赤い顔が、瞬間、朱盆のように浮き上って見える。
「さあ! 殿のお声掛りじゃ。天下晴れて娘を引き摺《ず》って来い。」
「君命、もだしがたし――か。」
そんなことを言って、川島与七郎は、足早に階段を上って行く。
さかずきを口に、誰かが、
「君命ときた。こういう君命なら、貴公、いつでも引き受けるだろう。」
与七郎が、上から答えて、
「うむ。買って出たいところだ。あはははは。」
と、すぐ階上では、与七郎が法外先生の部屋の障子を開けたらしく、何かごそごそ言い合う声が、かすかに聞えて来る。
階下の座敷では、一同しばらく天井へ注意を集めて、聴耳を立てていたが、やがて、東馬が、
「だいぶ手間取るらしい。」
「そりゃそうじゃろう。なにしろ、見ず知らずの武士の娘を、酒席へ引っ張り出そうというのじゃからな。」
「なあに、老いぼれが一
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