出羽は、さっさと出て行った。
二階には、この祖父江出羽守を仇敵《かたき》と狙う伴大次郎が、ものの半月も滞在していて、階下の座敷には、こうしてその当の出羽守が、遊び仲間のような取りまき連中を引き具して泊っている。四六時中《しょっちゅう》覆面して、深夜の入湯のほかはほとんど寝たきり、姿を見せることもないので、大次郎は気が付かなかったのだが、この奇《く》しき因縁は第二としても、遠州相良の城主、菊の間詰、二万八千石の祖父江出羽守が、いくらお忍びとはいえ、こうしてこの粗末な山の温泉に潜んでいるとは――!
しかも、主従関係を隠し、供の連中などは変装同様のいでたちで。
そして、面を覆って、それに、毎夜丑満を選んで入浴する。おまけに、湯へ人の来ることを厳禁して。
一行は、殿様を朋輩あつかいに、酒を飲んで毎日騒いでいればいいのだから、退屈だが、大よろこび。しかし、湯は、金創にきく猿の湯である。こんな暴風雨《あらし》の晩も、欠かさず入浴《はい》りに行くところをみると。――
さては、出羽守のからだは、秘すべき刀傷でも持っているのか。
それはとにかく、この辺鄙《へんぴ》な山の湯と、二万八千石の大名
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