うとう本物になりそう。
「馬鹿め!」
吐き出すように言って、出羽守は起ち上った。
川島与七郎が、
「のう、殿――。」
「与七! 殿とは禁句のはずじゃぞ。何じゃ。」
「あ、さようでございましたな。しかし、物も言わずに、ずいと上ってしまうとは、きゃつ、年寄り甲斐もない無礼なやつ!」
誰かが傍から口を合わせて、
「なんでも、江戸の武芸者だとかいうことだが。」
あとは、肩肘を張って口ぐちに、
「ふん、江戸の武芸者か。へん! 江戸にゃあ、武芸者と犬の糞は、箒で掃くほど転がってらあな。」
「あの若造は、娘と言い交した仲でもあるかな。それにしても、この大雨風の夜更けに、いずこへ出かけて行ったのだ。」
「そんなこたあどうでもいいや。」宿の浴衣の腕捲くりをした山路主計が、「それより、貴公たち、あのおやじにあのような扱いを受けて、黙って引っ込んでおる心算《つもり》か。」
「そうだ! どうあっても娘を呼んで来て、酒の相手をさせろ!」
「うむ! 男ばかりで飲んでおっても、とんと発しない。誰か行って、ちょっと娘を引っ張って来い。」
「ぜひとも下りて来て貰わにゃ、一同の顔が立たんぞ。」
「なあに、貴公の顔
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