や、逸品《いっぴん》!」
「五月蠅《うるさ》いっ!」
出羽守は、咬みつくように呶鳴って、すぐ、笑いを呑んだ冷い声を、階段の法外先生へ投げ上げた。
「おい、老《お》い耄《ぼ》れ! 娘を借りようかの。このとおり、野郎ばかりで埒《らち》の明かぬところ。酒の酌が所望じゃ――。」
谷へ下りる番傘
変に陰惨な声で、だしぬけに無礼なことを言うやつがあるので、法外は、思わずきっとなって、はしご段の中途に立ちどまった。
「お父さま、どうぞ相手にならずに。」
千浪は、二、三段下から、必死に懇願して、押し上げるような手つきをする。
じろっ! と、階下《した》の座敷を白眼《にら》み下ろしたまま、法外先生は無言である。
柿色割羽織《かきいろわりばおり》の袖を、ぽんと、うしろへ撥ねて、悠然と梯子段を上りきった。
逃げるようにつづいて、千浪が小刻みに駈け上る。
戸外《そと》は、盥《たらい》の水を叩きつけるよう、轟《ごう》っ! と地を鳴り響かせて降りしきる山の豪雨である。まっ黒な風が横ざまに渦巻いて、百千の槍の穂尖《ほさき》を投げるような、太い、白く光る雨あし。
三国ヶ嶽のお山荒れは、と
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