で降りて行く。
 日中は、ざしきの片隅の屏風のかげに、例の弥四郎頭巾に面体を包んで、長身のからだを横たえたきり――これでは、宿のものにも里人にも、何者とも知られようがないのに不思議はない。
 何か、曰《いわ》くありげなようす。
 とりまき連は日夜酒で、きょうも朝から痛飲、放歌乱舞、すわり相撲やら脛押しやらそれを出羽守は弥四郎頭巾の中から眼を光らせて、終日、にやり、にやりと笑って眺めているので。
 よほどどうも変った大名には相違ない。
 いま。
 伴大次郎が女髪兼安を佩して、三国ヶ嶽の頂上を指して闇黒に消えて行ったすぐあと。
 見送っていた法外先生と千浪は、ほっと溜息を残してしょんぼりと、促《うなが》し合って梯子段を、二階の自室《へや》へ帰って行こうとしている。
 とん、とん――とん! と、父娘が階段を踏み上る跫音に、広間の一同は、出羽守の弥四郎頭巾へ据えていた眼をかえして、またじっと、登って行く千浪の背後《うしろ》すがたを凝視《みつ》める。淫靡《いんび》な視線が、千浪の腰、脚のあたりに、絡むように吸いついて。
 大兵の中之郷東馬、さも感に耐えたように、赭ら顔を一振りふって大声に、
「い
前へ 次へ
全186ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング