蒲団の上に起き直った。
白絹に黒で紋を置いた紋付きを着流して、頭からすっぽりと、雪白の弥四郎頭巾を被り、眼だけ出している出羽守である。顔は見えない。
が、恐ろしく癇癖《かんぺき》が強いに相違ない。膝に構えた両手が細《こま》かく顫えて、頭巾から窺いている鋭い眼も赤く濁っている。
「は。」
と、出羽守の肩に手をかけていた小姓風の若侍が、その手を引いて、背後に畏《かしこま》った。
広間にとぐろを巻いて、がやがや酔声を揚げていた浪人体の荒くれ武士たちも、今は、ひっそりと呼吸《いき》をのんで、この、部屋の隅に、四曲屏風を背に敷ぶとんに坐っている出羽守へいっせいに眼をあつめている。
阿弥陀沢の山の湯宿、藤屋の階下座敷《したざしき》、ちょうど梯子段の裏にあたって、七月とはいえ、山の夜気は膚寒いのに、ぱらりと障子を取り払った大一座だ。
七、八人の、人相風体のよくない一行――もう大分前からこの藤屋に泊り込んで、毎日毎晩、まるで、家が破裂するような騒ぎをつづけてきているので。――
山路主計《やまじかずえ》、中之郷東馬《なかのごうとうま》、川島与七郎などという連中――身を持ち崩した田舎侍のよう
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