起ち上る大次郎を千浪は、縋りつくような眼で見上げて、
「けっしてお留めはいたしませんけれど、でも、この大風、それに雨さえ――お父さま、どうしたらよろしゅうございましょう。ああ、あたしは、心配で――なりませぬ。」
「大丈夫。」大次郎は、もう、縁側へ踏み出していた。「明日の夕刻までに帰ります。いかな大風だとて、吹き飛ばされもせず、紙子細工ではござらぬから、濡れたところで大事ない。ははははは、二人に、この拙者を見せて、またふたりの苦心談を聞き、語りもするのがなによりのたのしみ――では、先生、千浪さま、行ってまいりまする。」
黒七子《くろななこ》の紋つき着流しのまま、葛籠笠を片手に、両刀を手挾《たばさ》んで梯子段へかかる大次郎のうしろから、法外老人と千浪が送りにつづいて口ぐちに、
「ひどいあらしですこと。ほんとに、お山荒れ――。」
「七年前の七月七日も、恐ろしいお山荒れでござった。」
「せめて合羽《かつぱ》なと――それに、足拵《あしごしら》えもいたしたらどうじゃ。」
「そう遊ばしたら、後生ですから。」
「なに、かえって荷厄介《にやっかい》になります。同じ濡れるなら、このほうが気楽。つづら笠は
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