申し上げます――ですけれど、大次郎様、この新しいつづら笠、いいえ、今夜これからこの闇黒《やみ》の中を、夜みちをかけて、三里もある、三国ヶ嶽へお登りにならなければならないとおっしゃって、その理由《わけ》はまだ、ちっともお説き明かし下さらないではございませんか。」
 心配気に額部《ひたい》を曇らせて、千浪がそっと、戸外《そと》のやみに眼を配るとき、風は、いつの間にか烈しくなっていて――ぱら、ぱら、ぱらと屋根を打つ飛礫《つぶて》のような雨の一つ、ふたつ。
 どうやらお山荒れは、免《まぬか》れないらしい。
 階下《した》の座敷の放歌《ほうか》乱舞《らんぶ》は、夜ふけの静けさとともに高まって、まるで、藤屋を買いきったような騒ぎである。
「先刻《さっき》の話、な、大次郎。」法外先生が、膝を進めて、「そちとその二人――つまり三人が、七年目ごとにこの三国ヶ嶽の頂上で落ち合おうという約束、あのことも千浪に語って聞かせい。」
「力――世の中は力であるということを、私は田万里の滅亡を前にして、つくづく考えさせられたのです。」
 とすぐ大次郎は、誰にともなく口をひらいた。
 千浪は大きく頷首《うなず》いて、髪
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