法外と眼を見合わせる。
法外は、ううむと唸っただけだった。膝に話しかけるように、うつむいたまま大次郎は語をつないで、
「そのため母は、遠州相良の空を白眼《にら》んで、自害してはてました。」
千浪も法外も、うな垂れるばかり――言葉もない。
ややあって法外は、顔を上げ、
「その出羽守の暴状を、公儀へ訴え出る途もあったであろうに、なにゆえしかるべき当路者《とうろしゃ》へ、差し立て願いに及ばんだのかの――上も、それだけの狼藉《ろうぜき》ぶりを耳にしては、そのままに打ち捨ておくわけにはゆかんはずだが。」
「さ、それでございます。名主《なぬし》をはじめ村有志が、たびたび江戸表へ出府して、伝手《つて》を求めて訴え出ようとしたのですが、公儀も、この出羽守の乱暴を薄うす承知しておりながら、誰一人、田万里の哀訴《あいそ》を取り上げて老中に取り次ごうとする者のないのは、かの祖父江出羽守というのは、大老|中良井《なからい》氏の縁続きになっておりますので――それで、きゃつ出羽め、菊の間詰めのいわば末席ではありますが、柳営《りゅうえい》でもなかなか羽振りがよく、皆、大老の気を兼ねて出羽守の言動には御無理ごも
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