、千浪も傍から、
「おんなの口を挾む場合ではございませんが、及ばぬながらもお懲らしなさるが武士の意地――本懐とやらではないかと思われますけれど。」
 血の気が引いて、氷のように澄んだ大次郎の眼に、突然、大粒の涙がきていた。
「わたくしに、姉がひとりございました。ひとつ上で、当時二十一――柴刈り姿が出羽守のお眼にとまって、猟りの人数が下山のとき、お側に召されて引っさらわれました。今はもう生きておりますかどうか――。」
「えっ! お姉さまが!――まあ、そんなことまであったのでございますか。」千浪は、痛ましげに父に眼を移して、「でも今まで何年も道場にいらしって、そういうお身の上のことは少しもお話し下さらなかったことを思うと、なんでございますか、ねえ、お父さま、ほんとに水臭いような――。」

     桃の七年

 千浪のことばも耳に入らないらしく、大次郎は、物の怪のついたような静徹《せいてつ》な声だった。
「その姉を奪い返そうとして、父は単身行列へ斬り込んで一寸刻み――膾《なます》のような屍骸でした。今も、眼のまえに見えるようです。」
「あの、お父うえが――。」
 叫ぶようにいって、千浪は、
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