った。
「ほんとに、お察し――でも、今までおうち明け下さらなかったことが、なんだかお恨みのようにも――。」
千浪のことばを遮って、法外老人は、
「伝奇稗史の類の暴君にもまさる。いや、さような大名がおるから、民の怨嗟《えんさ》を買うて、人心いよいよ幕府を離れ、葵《あおい》の影がうすらぐのじゃ。祖父江出羽は――あれは、藩地は、たしか遠州相良《えんしゅうさがら》――。」
「は。石高二万八千石、江戸の上屋敷は、神田一番原、御火除地《おひよけち》まえにござります。」
そう答える大次郎の顔を、法外はじっと見据えて、
「大次――!」
「は。」
「そちは、なんじゃな。」――と法外先生、ぐっと声を落としてさし覗くように、「復讐を企ておるな、出羽に対して!」
「いや、これは先生のお言葉とも覚えませぬ。」大次郎は、あわてて、「いかに恨みに思えばとて、相手は一藩の主、手前は郷士上りの一武芸者、竜車《りゅうしゃ》に刃向う蟷螂《とうろう》のなんとやら、これでは、頭《てん》から芝居になりませぬ。あは、あはははは。」
法外老人は、例の、冷やかな眼でにっこりして、
「隠すな、大次郎。」
美しい顔を義憤に燃やして
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