きぬことでござるが、人の母といわず、妻と言わず――これが年々歳々いつも猟りには付きもののこと! 今から思えば、村びと一同、よくあれまで踏みとどまったもので。」
聴いている千浪の口から、ほっと溜息が洩れる。
この阿弥陀沢は、山ひとつこっちで領主が違う。
それは、田万里だけが受けた災害だった。
狩りに事よせては、人妻、娘を漁りに来る。
さからえば一刀にお手討ち。
さむらいたちは、山家《やまが》に押し入って金目のものを、手あたり次第に略奪する。――これを御奉納と称して。
山肌に拓《ひら》かれたわずかの田畑は、自儘《じまま》に馬蹄《ばてい》に掘りかえされるし、働き手の男は、山人足に狩り出される。その上、何やかやの名目で取り立てられる年貢、高税の数かず――。
土けむりを上げて、風のように馬を飛ばして来ては思う存分荒らし廻って行く出羽守主従だった。
そのあとには、鬼啾《きしゅう》と、憤《いきどお》りのなみだと、黙々たる怨恨《えんこん》が累々《るいるい》と横たわり重なってゆく。
「あまりといえばあまりな、殿のお仕打ちでした――。」
と大次郎は語を切って、灯に顔をそむけながら眼を擦
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