や、なに、そちの申すとおりではあるが、そこがそれ、下世話にもいう、壁に耳あり障子に眼ありでな――。」
法外先生、急に声をあらためて、
「若いぞ、大次郎!」
「おそれいりました。」
と頭を低《さ》げて、大次郎は今さらのように、隣室のけはい、縁の闇黒《やみ》へ注意を払った。
お山荒れの先触れか、どうっ! と棟を揺すぶって、三国|颪《おろし》が過ぎる。
さっき猿の湯から帰ってきた侍たちが、真下の座敷で、胴間声で唄をうたいだしていた。
出羽守行状
「出羽守が人数を率《ひき》いて狩猟《まきがり》をしたあとは、全村、暴風雨《あらし》の渡ったあとのごとく、青い物ひとつとどめなかった惨状でござりました。」
血のにじむほど口びるを噛み締めながら、大次郎は、しんみりとつづけて、
「これは、千浪様のまえでははばかりますが、すこしでも見目のよい若い女で、出羽守に犯されずにすんだものはありませぬ。したがってその家老めら、取りまき家臣ら、猟り役人、勢子《せこ》の末にいたるまで、役徳顔におんなをあらしまわり、田万里の村じゅう、老婆のほかは、ひとりとして逃れたものはござらぬ。まことに、口にもで
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