》の夜ふけ――。
 恋する男の身に纏《まつ》わる悲惨事に、千浪は、現在《いま》のできごとのように眉をひめて、
「初めて承《うけたま》わるお痛わしいおはなし、なんとも申しあげようがございません。村の方々をはじめ大次郎さまも、さぞ、さぞ口惜しく思召して――。」
 大次郎の面上、いつしか蒼白なものが漲《みなぎ》っていた。
「今だからお話いたしますが、祖父江の殿様のやり口というものは、それは、それはひどいものでござりました。猟場とはいえ、人の住む村を、たんにおのが遊びの庭とのみ心得て――法外先生っ! 千浪さま! 言わしていただきます。かの祖父江出羽守は、きゃつ、人間ではござりませぬぞ。鬼畜!――人外でござる!」
 膝を掴む大次郎の手が、悲憤の思い出にわなわなと打ちふるえるのを、法外は温みの罩《こ》もった、だが、きっとした低声《こえ》で、
「これ、大次、口をつつしめ!」
「お言葉ではございますが、しかし――。」
「わかっておる。それに相違ないが、なあ伴、山役人は、あれで仲なか耳が早いでな、よいか。あっはっは。」
 大次郎、なみだを持った眼を伏せて、
「は。ちと、ことばがすぎましたようで。」
「い
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