りますが、行ってみたところで、その淋しさに胸を打たれるに相違ない、と今はまだ、とても帰ってみる気にはなれませぬ。で、私が、先生と千浪さまのお供をして、黙ってここへまいりましたのは、その山伏山のかげのむかしの田万里を、ひそかに訪れんがためではござりませぬ。」
 今年で、ちょうど七年まえのことである。
 千代田城菊の間出仕、祖父江出羽守《そふえでわのかみ》の狩猟地《かりち》だった田万里は、殺生を好む出羽守のたびたびの巻狩《まきが》りと、そのたびごとの徴発、一戸一人の助《す》け人足、荷にあまる苛斂誅求《かれんちゅうきゅう》のために、ついに村全体たってゆけなくなり、出羽守へ万哭《ばんこく》のうらみのうちに、一村散りぢりばらばらに、住み慣れた田万里を捨てて村人は、他国に楽土を求めて、思いおもいに諸国へ落ち延びたのだった。
 祖父江出羽守の猟座《かりくら》、山伏山の田万里は、こうしてあくなき殿の我慾の犠牲《にえ》に上げられて、一朝にして狐狸《こり》の棲家《すみか》と化し去ったのだった。
 法外流のつかい手、下谷の小鬼と名を取った伴大次郎は、奇《く》しくもこの田万里の出生だという。
 山の湯宿《やど
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