方。えらいことになったと驚きながらも、今さら引っ込みがつかず、諦めた出羽守は、どうせ手品だ、たいしたことはあるまいと千浪に向い、
「どうじゃな。わしがはいっても大事ないか。」
すると千浪はにっこりして、
「ええ、刀を突き刺すように見せかけるだけで、ほんとに刺すのではございませんから、誰がはいってもたいしたことはございません。」
そうだろうと出羽守は頷いて、
「それで、わしが中へはいるとして、刀を刺すのは誰かな。」
「ほほほほ。私がやりますけれど、今も申したとおり、ほんとに刺すんではございませんから、御安心遊ばして。」
もし、出羽守が思っているとおりに、彼女がこの出羽を大次郎と信じているならば、こんな説明的なことは言わないはず。が、出羽はそれには気がつかなかった。
「それでは、おれがはいるから、うまくやってくれ。」
と千浪へ囁いて、祖父江出羽守は、その赤い駕籠の中へ円く背を屈めて坐り込んだのである。
千浪はにっこり微笑んで、垂れを下ろす。群集は、今は鳴りをひそめて見守っている。
「どなたかこの綱で、駕籠をおしばり下さいまし。」
そう言った千浪の声を待たずに、ばらばらとそこへ飛
前へ
次へ
全186ページ中183ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング