もんか。これはぺてん[#「ぺてん」に傍点]だ!」
 文珠屋佐吉の大声である。一瞬間、しんとなった群集の、今度は反対側から別の声で、
「そうとも! そうとも! 何か仕掛けがあるに相違ねえ。居合い一つで、そんなことができるわけはねえんだ。」
 と叫んだのは、かねがね手筈をしてあったやぐら下の宗七だ。するとたちまち、女の声が後に続いて、
「そうともさ、いんちきに決っているよ。でも、ほんとに何も種はないと言うんなら、今度はあの女のかわりに、あの白覆面のお侍さんが駕籠の中にはいって見せるがいい。」
 こう呼ばわったのは、筋書通りにお多喜である。
 承知の由公が、すぐその尾について、
「そうだ、そうだ。今度は侍がはいって見せろ! 白覆面が駕籠へはいれっ!」
 とんでもないことを言うやつだと、出羽守があたりを睨み廻している間に、群集心理というのか、人々はみな今の由公の言葉に雷同《らいどう》して、
「そうだ、今度は侍がはいれ、白覆面が駕籠へはいれ!」
 境内を圧するほどの怒号叫喚となってしまった。
 それを制しようと、両手を挙げて何か言っている出羽守の声は、すこしも聞えない。騒ぎはますます激しくなる一
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