駕籠と千浪のそばへ押し出されてしまった。
佐吉、宗七、由公、お多喜などが、先に立って手を叩き、音頭を取っているに相違ない。群集はわっという喝采で、四方八方からいろんな声が飛んで来る。
「さあ、早くやれ。」
「早く見せてくれ。」
それら叫び声のなかで、頭巾の奥に眼を凝らして、出羽はじっと千浪を見た。
千浪は心もち蒼ざめて、細く顫えているようだったが、落ち着いて出羽を見上げて、にっこりした。
「うん、この女も、おれがあの大次郎と代ったことを知らんと見える。ままよ、でたらめでいいからやってやれ。」
面白半分に、出羽はそう決心した。
三股追分《みつまたおいわけ》
で、この千浪に対しても、すっかり大次郎になり澄ましている出羽守は、頭巾の中からにこにこして、
「では、もう一度やろうか。そち、駕籠へはいってくれ。」
「はい。」
と答えた千浪が、いつものように裾をかばって、背を屈めて駕籠へはいろうとすると――!
この時である、群集の中から大声が飛んで来た。
「おい! 皆の衆、人間があの駕籠の中へはいって外からあんなに刀を突き刺しても怪我一つねえなんて、そんな馬鹿なことがある
前へ
次へ
全186ページ中181ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング