守が、故郷の遠州相良へ帰って行く。」
 ということだった。
 出羽のいない江戸に、三人は用はないのだった。
 大次郎も千浪を伴い、この駕籠の奇術《てじな》を道中で演じながら東海道をまっすぐに遠州へ上ることになる。
 こういう時こそ煩悩の金魔と化して、煩悩小僧として盗み溜めておいた金を役立てる場合であると、文珠屋佐吉は、手品用の――と言っても、何の仕掛けもないのだが――朱塗りの美しい駕籠を新調して、大次郎に持たしてやると同時に、自分も、その文珠屋の店は番頭の与助に任せて、承知の由公を連れて大次一行の背後から見え隠れ、これも飄々乎《ひょうひょうこ》として旅に上った。
 やぐら下の宗七は。
 密偵としての役を果たすとともに、妻のお多喜と一緒に、預っている狂女小信をいたわりながら、この三人は一番後から、東海道を上って行くので。
 四つの奇妙な行列の一行が、一日行程ぐらいの間隔をおいて、東海道を西へ、西へ――。
 先頭は、国へ帰る祖父江出羽守の大名行列。それから一日ほどおくれて、大次と千浪の手品駕籠の辻芸人、そのつぎは、文珠屋佐吉と承知の由公の主従。そしてしんがりは、宗七お多喜の二人が狂女小信を
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