大次郎は、一厘一毛の隙でその千浪の身体を避けながら、縦横無尽に刀を突き刺す。千浪の身体が崩れず、すこしも動かない以上、これはなんら危険はないのだ。
駕籠を突き刺す場所まで、一つ一つ大次郎には決っていて一瞬間の居合いの骨《こつ》、手許の狂うことは断じてないのである。
法外流居合の秘奥《ひおう》「駕籠飾り」――その刀を刺した駕籠が何十本となく、光る笄《かんざし》で飾られた女の髪のように見えるところから来た、名称だった。
御代参
が、大次郎は、どんなことがあっても女髪兼安だけは駕籠へ刺し通すことはしなかった。
煩悩を宿す妖剣、手許が狂って、千浪の身体に触れないともかぎらないので。
こうしてこの千浪と駕籠と、三十本の刀を資本に、彼はこの「木曾の桟橋――駕籠飾り」の芸を売物に、江戸の町から町と、さまよい歩いている。弥四郎頭巾の異装と千浪の美貌と、この離れ業が人気を呼んで、大次郎のとどまる辻々は、いつも人で黒山だが――。
するとある日、岡っ引の職分を利用して、それとなく出羽守の動静を探索していたやぐら下の宗七が、文珠屋佐吉の許へ報告を齎《もたら》したのには、
「祖父江出羽
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