今わしが、この三十本の刀を引き抜くから、誰でもよい、すぐこの綱を取り払って、駕籠の垂れを上げてほしい。」
 そう言いながら大次郎は、駕籠のまわりを歩いて、その三十本の刀を全部抜き取ってしまう。
 最後の一本が抜き取られるのを待って、群集の中から飛び出した二、三人が、素早く縛ってある細引きを取り外け、駕籠の垂れを開けると、中から千浪がにっこり笑いながら、駕籠を出て来た。身体はもちろん、着物にも帯にも、いずことして疵一つない。
 あまりの妙技に、群集はどっと歓呼の声を揚げる。
 宗七もお多喜も、われを忘れて凝視めていた。気の早い江戸っ子の群集なので、大次郎が扇子をひろげて歩き廻ると、ばらばらと鳥目《ちょうもく》が扇子の上へ飛ぶ。
 三十本の刀を鞘におさめ、その細引きでぐるぐる巻きにして駕籠へほうり込むと、これで芸は終った。
 千浪は恥かしげに終始駕籠のわきに首垂れて立っていた。
 これは別に不思議はないので、中にはいる千浪の坐り方一つにある。
「木曾の桟橋《かけはし》」と言って、手足をひろげ、胴をくねらせて、狭い駕籠のなかで、一種独特の微妙な坐り方をするのである。それがわかっているから、
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