ちを、芸を売っているのだった。
大次郎のそばに、駕籠が一つ置いてある。何の変哲もない普通の駕籠だ。
大次郎は、その垂れをはぐって、中に種、仕掛けのないことを人々に見せた後、
「さあ、これへ。」
と千浪へ合図をすると、千浪は足取りも淑《しとや》かに、背を屈めて、その駕籠の中へ下りる。
「さあ、こうしてこの垂れを下して――。」
そう言うと大次郎は、いま千浪と入れ違いに駕籠から取り出した三十本ほどの刀の束ねたのを地面に置いて、それと共に、駕籠の屋根から取り下ろした長い太い細引きを、見物のほうへ差し出した。
「お女中は、こうして駕籠の中にはいっておる。垂れは両方から下ろした。そこでお立ち会い、おぬしらの中から、誰でもいいから出て来て、この細引きで、この駕籠を縦横無尽、がんじ絡めに縛ってもらいたい。」
見物一同はもちろん、宗七もお多喜も、狂女小信も、何をするのかと、にわか芸人大次郎を凝視めていると、群集の中から、町家の番頭ふうなのや、鳶の者、職人など、物好きなのが飛び出して、大次郎の手から細引きを受け取り、にやにや笑いながら、その千浪のはいっている駕籠を横に縦に、八方に綱を廻して、めち
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