得《みえ》と、まず、この頭巾だけは許してもらいたい。さあさ、お立ち会い。いよいよ始める。」
路端に立って大声にしゃべり立てているのは、例の白の弥四郎頭巾に白服の伴大次郎である。そのそばに、腰元のように装《つく》った派手な振袖の千浪が、高く結い上げた髪も重たげに、立っているのである。
麗らかな日で、吹く風も寒くなく、江戸の空には鳶《とび》が舞っていた。
深川やぐら下を少し富ヶ岡八幡に寄ったほうの横町で、稲荷の祠の前だ。この異形の侍と、若い美しい女に眼をとめて、好奇心に満ちた群集がぐるり取り巻いてわいわい言っている。
お多喜が、引っ張るように宗七を促して連れて来たのは、ここだった。宗七は、その群集の外側に立って、じっと中を覗いている。
「大次郎様だね、お前さん。」
「うん、そうだ。あの美しい女子衆は、あれのお内儀の千浪様というのだが。」
そう言いながら見廻すと、すこし離れた見物人のなかに、虚ろな小信の顔も見えるので、
「おい、小信さんはあすこにいるじゃあねえか。お前そっと背後に立って、この芸がすんだら、うちへ連れ帰るようにしねえ。」
「おや、ほんとにあすこにいるね。まあこれでわた
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