を賑わす恋慕流しの宗七だが。
 またその裏面は、いつからともなくあの八丁堀の与力、川俣伊予之進に見込まれて、十手を預かる御用聞きとなってはいるが。
 だが、表裏いずれとも宗七の心を離れないのは、あの田万里を亡ぼした出羽守に対する復讐である。煩悩に対するに煩悩をもってする――という建前《たてまえ》から、自分は女色煩悩を漁って来たのだが、それすらをすべて解脱《げだつ》した宗七に、たった一つ残っている煩悩の二字は? それは、いま言った出羽への復讐!
 こう考えてくると、復讐そのものが一つの煩悩かもしれなかった。
「つまるところ人間は、煩悩に生まれて煩悩に死ぬ。これだけは煩悩ではないつもりでも、こうやって思いつめているだけで、それがすでに煩悩の一つかもしれねえ。」
 伴大次郎は、ああして祖父江出羽と同じ服装で、いま町をさまよっている。四、五日前にここへ訪ねて来て、小信にも会ったが、気の狂っている小信が、実の弟を目のあたりに見ても、気のついた顔もしなかったのに不思議はない。悲しみのうちに大次郎は、なおも小信の身を宗七夫婦に頼んで、またどこともなく立ち去ったのだったが――。それに、あの文珠屋佐吉―
前へ 次へ
全186ページ中167ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング