く陽ざしを赤々と照り返して。
こうして、文珠屋佐吉は、あれほど恋い慕っていた千浪様を己が家に置くこととなったが、それと同時に彼佐吉、千浪に対する煩悩をさらりと捨てて――こう心気一転すれば、さっぱりした文珠屋である。親友の妻と奉って、千浪様々、下へも置かない持てなし、男だけで女のいないのを売り物にしていた宿屋だけに、この美しい客人は、番頭、小僧をはじめ、下男たちも大喜びで、一にも千浪様、二にも千浪さま。
奥まった一室を与えられた千浪、まるで文珠屋の女王のように、主人佐吉をはじめ、一同に大事に侍《かしず》かれていた。
裏おもて隠れ里
「あらッ!」
叫んだのは、恋慕流し宗七の妻お多喜だ。深川やぐら下の小意気な宗七の住居で。
「あれ、お前さん、小信さんがいないじゃないか。」
と言う声に、その一間きりの柱にもたれて、ぼんやり物思いに耽っていた宗七は、眼を上げてあたりを見廻した。
なるほど、この家へ引き取って以来、ずっと毎日、起きている間は、必ずそこの部屋の隅にうつ向いていた小信の姿がいま見えないのである。
宗七は、考えごとに気を取られていて、いつ小信が家を出たとも知らな
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