共に暮らせるものではなかったのだ。出羽を討つにしろ、また討たれるにしろ、早晩千浪に歎きを見せるは必定――それを思えばこそ――。」
 と大次郎は、またちょっと頭巾の端を撥ね上げて、その別人のように変った顔を佐吉に見せながら、
「かように面貌が一変いたしたのを幸い――幸いと言うよりも、それをきっかけに、まるで心まで変ったように見せかけて、愛想づかしをして道場を出て来たのが、千浪は、あんなに辛く当ったおれを、こうして探し歩いてくれるのだ。江上、察してくれ。」
 その大次郎の心中を思って、江上佐助の文珠屋佐吉、隠れ名、煩悩小僧は、その生まれながらの醜い顔に涙を浮かべたのだったが、ややあって大次郎は、
「だからおれは、もう一度風に吹かれて街をさ迷う。千浪は道場へ帰ってもいたし方あるまい。どうだ、佐吉、迷惑は重々察するが、しばし千浪をこの家に預ってはくれまいか。」
 言われた時に佐吉は、あんなに恋い焦れていたこの千浪が親友伴大次郎のれっきとした妻であったことを知ると同時に、隠しようもない失望と共に、また、この大次と千浪のためにできるだけのことをしようという、清い新しい決心が湧いて来て、
「承知した
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