のか、畜生っ!」
叫ぶより早く、梯子段を駈け下りて、階下へ来て見ると、その出羽守が、
「うん、いや、何、あの女連れの侍は、ここの主人に押さえられておるよ。おれはちょっとそこまで、ははははは。」
と呑気に笑って、大勢の男衆や与助に送られて文珠屋を立ち出るところだ。これは、後から来た親分の同伴《つれ》と、すっかり思い込んでいるので、与助などは、背後からぺこぺこお辞儀をしながら、
「そうですか、うまく親分が押さえつけてくれましたか。あっしはね、急に思いついて、向うの部屋から鏡を使ってあいつの眼を眩ましてやりましたので、へへへへへへ。」
「いや、大手柄、大手柄。あれが味方にとって大助りであったぞ。さらばじゃ。」
大勢に送られて、出羽守は、ぶらりと、文珠屋を出て行った。
「馬鹿野郎、そいつを押さえろ、逃がすなっ!」
文珠屋佐吉は上り框に立って、大声にどなったが、その時はもう、出羽守の姿は向うの町角に消えていた。
伴大次郎も出羽守のほうを諦めて、千浪を看病に下りて来ていた。
断愛恋
千浪はすぐに息を吹き返したが、気がつきそうだと見ると、伴大次郎はその文珠屋の奥座敷をそっと
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