どういう隙があったのか、この白頭巾の一人が、ひらり縁へ飛び出したかと思うと、
「出羽を押えろ、おれは下の千浪をちょっと見て来る。」
 と佐吉へ言い残したと思うと、そのまま廊下を小走りに、階下へ下りて行った。
 ぼんやり坐って剣闘を眺めていた佐吉が、はっと我れに返ったように見ると、もう一人の弥四郎頭巾が先に出て行った一人の後を追って、これもいま部屋を飛び出そうとしているから、佐吉は、
「己れっ! 出羽! やるものか。」
 とその男の足へしっかり抱きついた。
 抱きつかれた白覆面は、大狼狽、
「おい、文珠屋、何をする。おれは大次郎だ、俺だ。出羽は今逃げて行ったじゃないか。」
「何を言やあがる。手前は出羽だ。ややこしくて頭が痛くならあ。」

「何を馬鹿なことを言う。離せ、離してくれ。出羽が逃げてしまうじゃないか。」
「だから、逃げねえように、おれがこうして押さえているのだ。」
「おい、佐吉。感ちがいをしてくれるな。おれだよ。」
 と大次郎が、ひょいと頭巾を撥ね上げて顔を見せると、一目見上げた佐吉、なるほど正真正銘の伴大次郎なので、あっと手を離すが早いか、
「さては、今出て行ったのが出羽だった
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