んだか知らないが、さっき「ぼん!」と「のう!」との二つの言葉から、この宿屋の亭主が向うへついたので、そういうおまじないでもあるのかと思った出羽守は、それからは佐吉が「煩!」とやるとすぐ大次郎より先に、大声に「悩!」と答えるので、これでは合言葉が合言葉にならない。
佐吉はますますまごつくばかりだ。
そればかりか出羽守は、今度は自分から、
「ぼん!」
と佐吉へ向ってさかんに呼びかける。
そこで佐吉が、
「悩!」
と答えて、そのもう一人の白頭巾へ斬ってかかると、そっちは大次郎なのだから、
「おい、おい、おれは伴だよ、出羽は向うだ。」
とあわてて呼ばわる。そうすると出羽守が、
「冗談じゃない。大次郎はおれだ。出羽はそっちだ! そっちだ!」
佐吉は、部屋の隅にぺたんと坐って、腕組みをして考えこんでしまった。
なんだか知らないが、馬鹿に利き目のあるおまじないだと、出羽守はさかんに、
「ぼん! ぼん! ぼん!」
と叫びながら、懸命に大次郎へ斬り込んで行く。
もう大次郎も真剣である。
刃と刃が軋《きし》み合い、火を吹くような息が絡んで「梅」の間の乱闘は、しばし続いた。
が!
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