た向う側の二階の部屋から、障子を細目に開けた番頭の与助が、手鏡に陽をかざして、その照り返しを巧みに出羽守の眼へ当てたのだった。
たじろいで起ち上がった出羽の眼を追って、きらきらと丸い鏡の光が、壁を斜めに踊りながら、またもや出羽の眼を射抜く。
「あっ! まぶしくてかなわん。」
思わず独り言を洩らした出羽は、片腕を上げて眼を庇いながら、よろよろと二、三歩背後へ退った。
今だっ! と心に叫んだ文珠屋佐吉、いきなり走り寄ったかと思うと、その知覚を失っている千浪の身体を横抱きにかかえて、一目散に縁側へ駈け出すが早いか、廊下伝いに階下へ運んで行く。
千浪さえ奪ってしまえば、もう、この照り返し戦術の用はないと、高笑いを洩らした与助、障子の間から鏡を引っ込めると同時に、その中庭の向う側の戸を立て切った。
しつこく追って来る光線から開放された出羽守が、やっと手を放して見ると、千浪の姿はもう室内になく、面前には伴大次郎の女髪兼安が、ぴたり、微動もせずに突きつけられている。
「お眼は癒りましたかな。」
大次郎は笑って、
「ただ今斬りつけようと思えば、難なく一刀の許に、今ごろ殿は胴、首ところを異に
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