に止めて、頭巾のなかの眼を上眼づかい、じっと大次郎と佐吉へ視線を凝らしているので。
「どうじゃな、刀を引いたほうが利口らしいの。」
 そう出羽守が、口を歪めて言った時だった。
 不思議なことが起ったのである。
 夕方に近いとは言え、暖かい小春日和で、今日も日本橋の袂など、ああして人が出盛ったくらい、冬にしては暖かな強い日光が、まだ戸外にきらめいているのだ。
 ことに西陽を受けて、この伝馬町あたりは、かっと瓦が燃え立つような茜色《あかねいろ》の空。
 縁の障子が開けられ、すぐ外は中庭を隔てて、向うの部屋になっているのだが――。
 この瞬間である。
 千浪の上から首に刀を擬していた祖父江出羽守が、あっと小さく叫んだと思うと、片手を頭巾の眼へやって、いかにもまぶしそう。刀を片手に、一瞬間、ちょっとその緊張した姿勢が乱れた。
 背を伸ばして、自然、刀の斬尖は千浪の咽喉首から、一尺も上へ上がったのだ。
 この不意の出来ごとに、虚を衝くことも忘れて、大次郎と佐吉は、驚きの眼を合わせて立っている。

     眼つぶし鏡

 一条の光線が、その出羽守の眼を射たので。というのは、ちょうどその中庭を隔て
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