ちが一尺寄って来れば、この刀は女の首を芋刺しに畳を突き通すのだ。わっはっは、わっはっは。」
三国ヶ嶽の麓に住む、年古りた猿のような笑い声が、その出羽守の頭巾を洩れ、白衣に包まれた肩が、怪しい笑いに大きく揺れる。
はっ! と刀を持つ手を宙に凍らせた大次郎は、思わず一歩退って、
「ううむ! おい、文珠屋、悪いところを押さえられてしまったな。」
これも脇差を抜いて、そばに構えていた文珠屋佐吉、
「これはちと困った。手の出しようがねえ。」
その間も出羽守の笑いは、高々と響いて、
「そちがおれを斬ると同時に、おれはこの女を刺し殺す。この女とおれと、二つの死骸が重なれば美男美女の心中というものじゃ、ははははは、どうした。かかって来ぬか。」
ひっそりとした室内に、三人の荒い息づかいが聞えるだけで、千浪は何事も知らずに、うつらうつらと夢心地でいるらしく、肩のあたりが、優しい呼吸に動いているだけで――。
このままではいつまで経っても睨み合いが続くだけで、どう結末がつこうとも見えなかった。
出羽守は、立ちはだかったまま、その千浪の寝姿の上に跨がり、真珠のような美しい首に、刀の斬尖を一、二寸上
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