吉から大次郎へ移して、
「小信が発狂しておるというのは初耳だぞ。あれは邸を飛び出して、その後とんと消息を聞かんのだが。」
「姉のことは姉のこととして、もはや問答無益でござる。出羽守殿、覚悟っ!」
 おめくより早く大次郎、腰間の女髪兼安に、一反り打たせたかと思うと、腰を落して流し出した白刃一閃、阿波の国の住人、右近三郎兼安の鍛えるところの弓削家伝来の名剣である。煩悩の姿をそのままに、女の髪の毛が一筋、刀の面に張りついたと見えるような一本の線が、鏡のような刃に嫋々《なよなよ》とまつわりついている――人呼んで女髪兼安、抜けば必ず暴風雨《あらし》を呼び、血の池を掘ると伝えられている女髪兼安だ。
 と見る!
 出羽守は、素早く部屋の一隅へ飛びすさったかと思うと、これも鞘を払って三尺の秋水《しゅうすい》を、青眼にも大上段にも構えるどころか、いきなり、その足許に意識を失って倒れ伏している、大きな花のような千浪の咽喉首へ、ぎらり、その斬尖《きっさき》を刺し当てて、千浪の上に跨がったまま、大次郎へ笑いかけた。
「どうじゃな。そちの刀が一寸こっちへ伸びて来れば、この斬尖《きっさき》が一寸女の首へ近づく。そ
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