―山気を孕《はら》んだ風が、濡れた布のように吹き込んできて、あんどんの灯をあおる。
千浪が、そっと上眼づかいに大次郎を見あげて、
「どういうお話でございましょう。わたくしは、途中から伺いましたので、よくわかりませんけれど――。」
大次郎は、優しい顔に似げなく額部《ひたい》の照りに面擦れを見せて、黒七子《くろななこ》紋付きの着流し、鍛え抜いた竹刀《しない》のように瘠せた上身を、ぐっと千浪のほうへ向けた。
「弱りましたな。これは、千浪さまにはお耳に入れたくなかったのですが――、御案じなさるといけませんから。」
「かまわぬ。話してやるがよい。」法外は、ちらと、若い二人を見くらべて、「遠からず大次郎を千浪の婿に、ははは、ま、仮祝言《かりしゅうげん》だけでも早うと考えておるわしの心中は、そちらも薄うす知ってであろう。いずれ夫婦《めおと》となるものならば、互いに苦も楽も、何もかも識り合うたがよい。」
いつからともなく、命までもと深く慕い合っている大次郎と千浪――さきごろから父の許しで、今はいいなずけとなっている二人である。剣腕人物、ふたつながらに師のめがねに協《かな》って、やがてその一人むす
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