も入れてない八畳の座敷だ。
年代の山の霧に黒ずんだ建具に、燈りが、赧茶《あかちゃ》けた畳の目を照らして、法外老人の大きな影法師を、床の間から壁へかけて黒ぐろと倒している。
「ほほう。すると、七年目ごとにその三人が、この三国ヶ嶽の頂上で落ち合って、その後の身のありさまを語りあおうと言うのじゃな。ふふむ、そりゃおおいに面白いぞ。」
円明流から分派して自流を樹《た》て、江戸下谷は練塀小路に、天心法外流の町道場をひらいている弓削法外、柿いろ無地の小袖に、同じ割羽織を重ね、うなずくたびに、合惣《がっそう》にとりあげた銀髪が、ゆさゆさと揺れる。
法外有法《ほうがいほうあり》――の語から取って法外と号し、流名もこれからきている。
剃刀《かみそり》を想わせるほそ長い赭顔《しゃがん》に、眼の配りが尋常でないのは、さこそと思わせるものがあった。
「そりゃおおいに面白いて。」
そう言って、じろり、大次郎を見やって笑ったが、眼だけは笑いに加わらない。
法外先生の眼は、いつも鋭く凍っていて、かつて笑いというものを知らないのである。
あけ放した二階縁の手すりに、近ぢかと迫って見える三国ヶ嶽のすがた―
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