誰か。」
「――――」
「番頭か、酒を持ってまいったのか。」
「へえ、さようで。」佐吉が答える。「お酒を持ってまいりましたんで。」
「うむ、待っていたぞ。」
 さっと両方から、佐吉と大次郎が二枚の障子に手を掛けて左右へ開く。
 床柱を背に、胡坐をかいた出羽と、縁に立った大次郎と佐吉と、六つの眼がぴたと合った。
 気を失った千浪は、美しい人形のように座敷の隅に俯伏したまま動かない。この酔美人を肴に一献傾けようとしていた出羽守は、思いきや自分と同じ服装《つくり》の白の弥四郎頭巾が、ぬっくとそこに立ちはだかっているので、大刀を膝に引き寄せるが早いか、じりっと膝の向《むき》を大次郎の方へ寄せて、声は、冷たい笑いを含んでいた。
「何じゃ、その装《よそお》いは、わしの真似をして茶番でもしようというのか。」
「そちこそ何者じゃ。」
 大次郎はそう鋭く呼びかけながら、ずかりと部屋へはいって来た。そして、腰の女髪兼安の柄に手を掛けながら、頭巾のなかの眼を怒らせて、出羽守を睨み下ろした。
「お前はいったい何者だ。何のために余と同じ服装をして、こうして江戸の町を彷徨しておるのか。余が誰であるか、そちは存じて
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