て来ても、ここから一歩も出すんじゃねえぞ。いいか――由公は、どうした。」
「由公はまだ帰りませんが、御一緒じゃなかったんで。」
「先へ帰してやったんだが、どこかで引っかかって油を売ってるんだろう。――おう、大次郎さん、それじゃあひとつ二階へ乗り込みやしょうか。」
びっくりしている与助を残し、佐吉が先に立って大次郎を促し、梯子段を上がりかけたが、
「待てよ。」
と大次郎を顧みた佐吉、
「お前さんもあの出羽守もどこからどこまで寸分違わねえ服装《なり》をしているんだから、斬り合いになって動き廻られると、どっちがどっちともおいらにゃあ区別がつかなくなるに相違ない。はて、どうしたものかな。」
「合言葉を決めよう。」
大次郎の言葉に佐吉は頷いて、
「うん、そうだ。だが、その合言葉は何とする。」
「煩と呼んだら、悩と答える。どうかな?」
「煩悩か――よかろう、面白い。」
そして二人は、七年前の田万里の時代に返ったように、にっこり笑顔を見合わせたが、それも束の間で、二人はすぐ緊張した面持ちで、跫音を忍ばせて二階へ――。
階下に残った与助は、すぐ二、三の男衆を呼び集めて、
「今ちょっと二階で騒
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