ねえ。」
「解った話だ。出羽さえ打ち取りゃあ、煩悩小僧は立派に、やぐら下の繩にかからあ。」
そう文珠屋佐吉が、暗い顔ながらも欣然として答えた時、そこの角を曲がって近づいて来る白衣の武士――伴大次郎なのだが、二人は祖父江出羽守と思いこんでいるので、思わず身を堅くして待ち構えると、静かに傍へ進んで来た大次郎は、
「おれだ。」
とひらり、と覆面を撥ね上げて、顔を見せた。
大次郎と解って、二人は喜ぶやら、驚くやらしたが、二度びっくりしたのは、その顔に昔日の美男の面影はなく、まるで熟《う》れ柿を潰して固まらしたような、物凄い刀痕。
三国ヶ嶽で、師匠法外先生を殺され、千浪を攫われようとして戦ったとき、受けた疵だという説明を聞いて、二人は暗い顔を見合わせると、大次郎は語をつないで、
「その弥四郎頭巾が、祖父江出羽守であったとは、今日はじめて聞いた。」
そう言えば先刻日本橋の高札場から、千浪を連れ去ったのは、あれは祖父江出羽守だったのかと、文珠屋佐吉の言葉におのが顔ゆえに表面千浪を捨てて家を出たものの、一刻も千浪の面影を忘れ得ずにいる大次郎は、顔色を変えて、
「うんそれはこうしてはおられぬ。
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