てなにやら復讐の機会の近づいて来たらしい気のする今日だから、そんなことも言っちゃあいられめえ。」
 宗七はそう言って、膝を包み込むように、黒板塀の蔭にしゃがむ。
 承知の由公は、佐吉に命じられて先に帰ったとでも見え、あたりにいない。宗七は続けて、
「何を言ってるんだ。おれは山へ行ったよ。行って伴大次郎にだけは会ったが、待っても、お前は来なかったじゃあねえか。」
「いや、おいらも行くには行ったのだが、途中でひょいと見たものがあって、堂のわきに手紙を残して引っ返えしたのだ。」
「その見たものというのは、何だい――うむ、それはそうと文珠屋、煩悩小僧の評判は、ちと高すぎるようだぜ。」
「えっ、うむ、するとお主は、このおれと――何にも言わねえ。さすがは。――眼が高けえや。だが、のう櫓下、金の煩悩になりきったおれだ。もう少し、大眼に見てくれよ、なあ。」
「そんなことは言わなくても解っている。出羽の首を挙げるまでは待つが――。」

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「それまで待つ――?」
「うん、それまで待つ。」
「それで、その後は?」
「その後は――お前は煩悩小僧、おいらは因果《いんが》と岡っ引だ。察してくん
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