今日は、よく姿をお隠しになる。」
「また晦《ま》かれたのか。まあ、仕様がねえ。ぶらぶら歩いて行くうちには――。」
「ひょいとまた、そこらの横町から顔をお出しなさるだろう。」
「しかし、それにしても、あの恐ろしい面をした町人は何ものだ。出羽守と聞いたら、血相を変えてむかって来たが――。」
「あの岡っ引らしいやつも、殿様のお名前を聞いたら顔色を変えおったが――。」
「何だかさっぱり合点のいかねえことばかりだ。」
あははは、と笑い声を合わせた一行、大道狭しともと来たほうへ、ぶらりぶらりと歩き出したが――。
それを送るかのように、また耳をくすぐる恋慕流しが漂って来て。
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「君は五月雨
思わせ振りや
いとど焦るる――」
[#ここで字下げ終わり]
この唄の洩れて来る、その妾宅の裏に、この時、ぴったり貼りついている二人は、道場を飛び出すと同時に、うまく川俣伊予之進をまいてしまった恋慕流しの宗七と、文珠屋佐吉で、
「おい、有森、しばらくだったなあ。お前は、先日三国ヶ嶽へ来なかったじゃないか。」
「七年目に山で会う以外は、往来で擦れ違っても、口をきかぬ約束だが、こうし
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