かり思われて今までは顔を見せて弁解することもできなかった伴大次郎も彼と知らずに斬りかかって来る泉刑部はじめ、自分の弟子たちを疵つけないように斬り払ったのち、これ幸いと道場を後にした。残された山路主計、北伝八郎、中之郷東馬、それから指無しの川島与七郎の面々何やらさっぱり解らない顔で、
「勝負はお預けだ。いずれまた来る。」
 と、泉刑部等に一言投げ捨てておいて、
「それ、殿様に遅れるな。」
 と大次郎の後を踏んで、道場を飛び出したが、その時はもう、先に出た文珠屋主従をはじめ、宗七も伊予之進も、大次郎の影も、その下谷練塀小路の横町にはなくて、暮れに近い日脚が白っぽい道に弱々しい光りを投げていた。
 すぐそこの角は、名ある人のお囲い者の住居でもあるか、お約束の舟板塀に、冬の支度に藁を巻いた見越しの松が、往来に枝を拡げて、お妾の所在なさであろう、この夕暮を退屈そうに、今|流行《はやり》恋慕流しの一節が――。

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「君は五月雨
 思わせ振りや
 いとど焦るる
 身は浮き舟の
 浪に揺られて
 島磯千鳥――」
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「殿様は、どこへいらしった。」
「どうも
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