!」
 と佐吉は、いきなり抜いて切りかかったが、道場の一同にとっては、いずれも同じ為体の知れぬ敵なので、皆一様に鞘を払った刹那、ずいと通って来た宗七は、
「おお、文珠屋。」
 と佐吉に声を掛けたので、見向いた佐吉、
「や、お主は有森利七。」
「げっ! いんや、今じゃあ十手を預る宗七だ。」
「おう、恋慕流しの宗七。」
 大次郎が、頭巾のなかからそう言った。二人からは彼は見えないが、大次からは佐吉も宗七も、そのまま眼に入るので。
 じりじりしていた中之郷東馬が、二、三歩前へ踏み出すと同時に、北伝八郎が、突如、文珠屋佐吉に斬りつける。醜面の佐吉、その顔を歪めて、さっと横に払うと同秒、師範代の泉刑部は、大次郎とも知らず、その白覆面に向って青眼に構えて誰を誰とも知れない乱刃の光景。
 止むを得ず大次郎も、腰の女髪兼安に、暮れ近い薄日を映えさせて、時ならぬ剣林、怒罵《どば》、踏み切る跫音、気合いの声、相打つ銀蛇《ぎんだ》、呼吸と、燃える眼と――。
 あわてたのは承知の由公で、剣の下を木鼠のように走り廻り、
「親分、こうわけの解らねえ斬り合いも、めったにござんせんぜ。ここあ一つ早くどろん[#「どろん
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