ものだ。」
「まあ、旦那、そうなにも焦《あせ》ることはござんせん。あっしもこれで、まんざら当てのねえ動き方はしてねえつもりで。」
「うむ、たのもしい一言だな。」
「と、まあ、そうお思いになって、ここしばらく、宗七めに付き合っておくんなせえ。」
 話しながら歩く道は早い。もういつの間にか、下谷は練塀小路、法外流道場のそばまで来ている。

     三すくみ

 泉刑部というのが、留守の道場を預かって、師範代だった。
 ちょうど一稽古終ったところで、面を外した頭から、湯上りのように湯気を上げた若侍たちが、板敷の片隅に立ったり、坐ったり、ある者は小手の縛り糸を締めたりなどしながら、
「伴の若先生は、いったいどうしたのであろうな。」
「道場を出られてから、これで随分になるが、とんと音沙汰を聞かん。」
「いや、それよりも奥様の千浪さまだ。毎日のように大次郎先生を探されて、あちこち出歩いておられるようだが、なんともお気の毒の至りだ。」
「千浪さまに、あんなに慕われる大次郎先生を思うと、人ごとながら、冥加に尽きるような気がするなあ。」
「しかし、おれはいつも不思議に思うのだが、顔があんなに変ったとて
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