分で笑って、
「この面《つら》だから、この年齢になるまで、おんなに惚れたの腫《は》れたのってえことアなかったが――それに、おれア金がほしいの一天張りで、文珠屋てえ宿屋ア世間ていの装り、裏へ廻りゃア商売往来の陰を往く夜盗を稼ぎ、それで金を溜めて来たが、なあ与助、世の中あ佐渡の土だけでもなさそうだぜ。」
 まったく――かれ文珠屋佐吉こそは。
 いま江戸を騒がせている煩悩夜盗なので――と言うのも、祖父江出羽守への復讐を誓って、その資金の係りを笹くじで引き当て、金の煩悩を追って三国ヶ嶽を下山した江上佐助ではあったが、裸か一貫の青年を、どこへ行ったところで金のほうで相手にしようはずはないのだった。
 江戸へ出て無職の日を送り、飢餓に迫った佐助は、とうていこの分では富豪になれないどころか、乞食《ものごい》をしても活《い》きて行けないかもしれないと覚って、と言って、黄金に対する火のような煩悩は断ち切れない。七年後の山上の会合に、相当の成績をもって二人に見《まみ》えるためには――と、ここで性来《うまれつき》人なみ外れて身が軽く、それに山奥育ちで木登りは十八番《おはこ》、足も滅法早いところから、さっそく
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