て去り行く千浪のあとを、見送ると、佐吉、物凄い笑いに眼を光らせて、傍らに立っている若い男をかえり見た。
「由や、御苦労だが、ちょいとあの二人をつけて、はいった家《ところ》を見届けてくんねえ。」
文珠屋佐吉の乾児《こぶん》で承知の由公、こいつ、名打ての尾行《つけ》や張込みの名手なので。
「承知!」
と、綽名にまでなっている得意のひと言、由の字、もう、とっとと小刻みに、流れるような通行人を楯に身を潜めて、消えて行った。
先の二人は、橋をわたって室町一丁目、二丁目、本町――神田のほうへ。
後から由公、見えがくれに鼻唄まじり。ずっと橋を渡りきるあいだ、それを見送っていた文珠屋佐吉は、安心したのか、にやっとほくそえんで歩き出していた。
口を利く鬼瓦
東へ下がって思案橋を過ぎ、堀留から大伝馬町の文珠屋という看板を掲げたわが家へ、帰り着いた佐吉は、その鬼瓦のような顔を、皮肉な笑いに引きつらせていた。
部屋部屋の女中の役目から、台所の板場、水仕事まで、おんなというものを一人も置かずに、何からなにまで男の手でやっている、一風変った宿屋である。
「いま戻ったぞ。」
文珠屋佐吉は
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