らへ帰るに異存はないが、まず、それより先、拙者の隠れ家というへ御案内申そう。そこでゆるゆる談合の上――。」
祖父江出羽守は、悪戯らしい微笑を頭巾に包んで、声を装《つく》って言った。
千浪は何ごとも気取らぬらしく、
「あの、下谷をお出になってから隠れていらしったお家へ、わたくしをお連れ下さるとおっしゃるのでございますか。」
いったいどこだろう? どんなところであろうかと、浅い女ごころに、もう面白そうな顔つきだ。
「さよう。拙者が下谷を追ん出てからの住いじゃ。では、こうまいられよ。」
と、真昼の狼。
ゆらり、片ふところ手。
かた手を、朱鞘の大刀の鍔元に添えて、のっしのっしと歩き出す。
その後から、ゆめかとばかりうれしげに、小走りについて行く千浪のすがた。
どこへ伴れて行かれることやら――。
と!
この時である。その、日本橋ぎわ御高札場に立った、新しい札の文句――。
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御示《おしめし》
数年来江戸町々にて押込みを相働き、財物を奪いて諸人に迷惑をかけし煩悩夜盗儀、またもや近ごろ諸処方々にあらわれ荒らし廻りおる趣。右煩悩小僧に関し、その人相、手がかり
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