わしい気立てになった大次郎ではあったけれど、あれは果して良人の本心だったろうかと、今にして千浪は、疑わざるを得ないのだった。
こう醜くなった自分に、良人として生涯仕えなければならないと努めている千浪を、いじらしく思って――千浪を自分から解放するために、ああ心にもない乱暴な言動をつづけて来て、あげくの果てに飛び出してしまわれたのではなかろうか。
つまり、千浪を愛すればこそ、千浪の一生を救うために、あの愛想づかしの末が家出ということになったに相違ないと、大次郎の出奔後、千浪は千々に思いを砕いた後、思いきって、こうして毎日江戸の町じゅうを、大次郎の影を求めて彷徨《さすら》い歩いて来たのであった。
千浪ゆえに荒んだ心になって、道場を棄てて巷へ出て行った良人――会って、縋って、泣いて頼んで、もとどおり練塀小路へ帰ってもらおう。
是が非でも、そうしなければ、死《な》くなった父上さま法外にも申訳がない。
そう思って。
と言うのは、この千浪、初恋の優しかった大次郎のおもかげを、夢に現《うつつ》に、忘れ得ないのだった。
真昼の狼
で、その大次郎をここの人混みで発見《みつ》けた
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