えば魚河岸。
魚がしといえば日本橋。
川のうえの魚ぶねは、その苫《とま》を魚鱗《うろこ》のように列ねて、橋桁の下も、また賑やかな街をつくっている。
雑沓を極める橋の上の往来。
諸侯の行列にはいくつとなく長柄の槍が立って、さながら移動する林のようである。武士、町人、諸職、僧侶、男、女、こども、さまざまの車と、駕籠乗物、下駄の音が秋空にひびいて、切れ目もなくあわただしい。
近海物の魚を積んで、船は躍るようにはいって来る。河幅が狭いから、その混雑はたいへんなもので。
おもかじ!
とりかじ!
どなりあう声、声、声――。
橋の前後、新場町と小田原町に、毎朝うお市場が立つ。
なまぐさい風が橋を撫でて、この二十七間、日本橋の南の袂は高札場、ちょうど蔵屋敷、砥石店の前である。
「大次様! 大次郎さま――。」
ひき裂くような声に呼びとめられて、大次郎は、ゆっくりと振り返った。
練塀小路の道場を出て、これで何日経ったか。
あのままの姿の大次郎、祖父江出羽守と寸分違わぬ雪白《せっぱく》の弥四郎頭巾、白い絹に、黒で賽ころの紋を置いた着流し――こげ茶献上をぐっと下目に、貝の口に結び、此
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