御府内を恐怖と、疑惑の淵に追いこんでいる、この煩悩夜盗!
それが再び活躍をはじめたというので、
「もっとも、おめえが旅に出ていたこの十日間がほどは、煩悩小僧もじっとおとなしくしていたとみえて、押込みの届出もねえようだが――。」
川俣伊予之進が、しずかに言っていた。
何か思案の底に沈んでいた宗七は、この時、いつになく蒼白く緊張した顔を上げて、
「あっしが山へ行ってるこの十日のあいだは、煩悩小僧も出なかったとおっしゃるので。」
「宗七! おめえ何か心当りがあるんじゃあねえのか。」
心あたり?――なくてどうしよう!
彼にとって忘れることのできない、「煩悩」の語を冠した賊ではないか。
何者の仕業? ということは、宗七には早くから眼あてがついているのだけれど――その煩悩小僧の目的を知っている彼としては、手をだしたくない。出せない!
もうすこし、うっちゃっておきたい気もちだったのだが――。
志があって、非常手段で金を集めているに相違ないぼんのう小僧、そのうちに引っこむだろうから、邪魔したくないと思っていた宗七なのだけれど、またぞろ出没し始めたと聞いては、お役を承る身、このお捕物御免
前へ
次へ
全186ページ中105ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング