。」
と宗七は、たちまちもとの、人に対する時のへらへらした芸人口調に返って、
「ようこそお越しを、へへへへへ。」
ぴょこりと頭を低《さ》げて、上り口にすわった。
かれ宗七は、いわば二重人格なので。女たらしのほか能のない恋慕流しの宗七と、捕親として十手を閃めかし、繩を捌く時の彼と。
後のかれは、めったに見せたことがない。
普段はいつも、このから[#「から」に傍点]だらしのない、頼りにならない女殺し宗七――慣い性というとおり、もうこのほうがほんとうの彼なのかもしれない。三国ヶ嶽の頂上で、伴大次郎を涙の出るほど失望させたのも、このかれの半面――恋慕流しの宗七だった。
八丁堀の与力川俣伊予之進は、こういう宗七を知っているかして、その浮わついた態度も別に気に留まらない様子。
短い羽織の下から刀のこじりを覗かせたまま、その羽織の裾を習慣的にぽんと叩き撥ねて、あがり框に腰を下ろした。
三十一、二。浅黒い顔の、いかにも不浄役人と言った、眼のぎょろりとして鼻の鋭い侍だ。
「ようこそじゃあねえぜ。」と伊予之進は伝法《でんぽう》に砕けた調子で、「久しく他行《たぎょう》だったじゃあねえか。」
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